よくある現場の風景
9月の終わり、早生のりんごの収穫が始まった週。代表は朝5時から畑に出て、昼は選果場で選別と箱詰めです。秀・優の箱と、傷や色むらのある規格外品を分け、贈答用の注文と直売所に並べる分を数えていきます。
夕方、事務所に戻ると、留守番電話が3件、メールが8通。「贈答用はいつ届きますか」「冷蔵庫でどのくらいもちますか」「去年の訳ありはまだありますか」。どれも答えは分かっているのに、一件ずつ返していると1時間がすぐに過ぎます。
ネットショップの商品ページは、品種がつがるからシナノスイート、ふじへと切り替わるのに合わせて書き直したいのに、去年の説明のまま。発送開始のお知らせも、ふるさと納税のページの更新も、夜9時を過ぎてからの仕事です。「蜜たっぷり」と書きたいけれど、今年の実を見てから書かないと、届いたあとで「違う」と言われるかもしれない。迷っているうちに、また一日が終わります。
農林水産省の統計では、基幹的農業従事者は令和8年に98.7万人、平均年齢は67.7歳と推定されています1。作る人が減るなかで、直接売ることに力を入れる経営体もあります。農林業センサスを分析した資料では、自営の農産物直売所やインターネットで直接販売を行った経営体の数は、2015年から2020年にかけて全体では11.7%減った一方、個人経営体は14.5%減、団体経営体は19.6%増えていました2。売る仕事が増えるほど、「書く」「返す」仕事も増えていきます。
AIを入れると、こう変わる
畑や選果場で、代表がスマホに話しかけます。「今日からシナノスイートの収穫。今年は色づきがよく、酸味は控えめ。贈答用の5kg箱は10月10日から発送」。
事務所に戻ってこのメモをAIに渡すと、ネットショップの商品説明、発送開始のお知らせ、直売所のPOPに貼る短い文、SNS向けの一言まで、いくつかの下書きがまとめて出てきます。代表の仕事は、品種や日付、内容量を商品の基本情報表と照らし、言い過ぎの言葉がないかを見て直すことです。
問い合わせのメールは、名前と住所を消してAIに貼り付けると、「よくある答え集」をもとに返信の下書きができます。送る前に、日付や在庫を人が確かめます。
もう一つの変化は、聞かれる前に答えておけることです。保存方法や発送の時期、内容量を商品ページにはっきり載せておくと、同じ質問が減ることが期待できます。消費者庁のガイドブックも、ECサイトに食品表示の情報を載せるメリットとして、問合せ対応が軽減され、効率的な業務運営につながることを挙げています3。
このモデルケースでは、夜に1〜2時間かけていた文章づくりが、確認と手直しの30分ほどになると見込んでいます(商品の基本情報表と、去年の文面がそろっている場合の目安)。
やってみると、こうなる
聞き取りメモから、ネットショップの商品説明文を作る
入力は架空の例です。出力は、生成AIで実際に試した結果を短くしたものです(毎回少しずつ変わります)。
AIに渡すもの
販売担当が代表から聞き取ったメモ
商品:シナノスイート 贈答用「秀」5kg箱(14〜18玉) 産地:〇〇県〇〇町の自園 発送:10月10日から順次。なくなり次第終わり 保存:ポリ袋に入れて、冷蔵庫の野菜室へ 代表の話(9月末、選果場で) ・今年は色づきがいい。酸味は控えめで、果汁が多い ・「日本一うまいって書いていいよ」 ・「1日1個で医者いらず、とも書いといて」
AIが返してくるもの
AIの下書き商品説明文の下書き
シナノスイート 贈答用「秀」5kg箱(14〜18玉) 〇〇県〇〇町の自園で育てたシナノスイートです。 今年は色づきがよく、酸味は控えめで、果汁が多めです。 贈答用の「秀」を、5kg箱(14〜18玉)でお届けします。 ■発送:10月10日から順次お送りします。なくなり次第終了です ■保存方法:ポリ袋に入れて、冷蔵庫の野菜室で保存してください ■アレルギー・期限などの表示:[表示は人が確認]
使わなかったメモの言葉:「日本一うまい」は確かめられない言葉のため、「1日1個で医者いらず」は効能をうたう言葉のため、使っていません。
人が見て直すところ
- 色づき・酸味・果汁の書き方は、発送の前に今年の実を見て、本当にそう言えるか確かめる
- 品種・規格・内容量・発送日を、商品の基本情報表と照らす
- [表示は人が確認]の欄は、載せる項目と中身を代表が確かめて埋める(加工品なら保健所など所管の窓口に確かめる)
- ふるさと納税のページにも使うなら、出品する自治体の募集要項に合わせて直す
自分で試してみる
ChatGPT・Claude・Gemini などに、下の指示文と例をそのまま貼りつけてください。無料版でも試せます。お客さまの名前や住所など、本物の情報は入れずに、この例のまま試してください。
AIへの頼み方(指示文)を見る
あなたは果樹農家の、直販の文章を手伝うアシスタントです。 次の「聞き取りメモ」から、ネットショップに載せる商品説明文の下書きを作ってください。 条件: ・メモにあることだけを書く。メモにないこと(糖度、受賞歴、ほかの品種や産地との比較など)は足さない ・品種・産地・規格・内容量・発送の時期・保存方法は、メモのとおりに書く ・「日本一」「最高級」のような確かめられない言葉や、「体によい」「〇〇に効く」のような効能をうたう言葉は使わない ・アレルギーや期限などの表示は書かず、[表示は人が確認]と印をつける ・最後に、使わなかったメモの言葉と、その理由を書く ――――― ここから例 ――――― 商品:シナノスイート 贈答用「秀」5kg箱(14〜18玉) 産地:〇〇県〇〇町の自園 発送:10月10日から順次。なくなり次第終わり 保存:ポリ袋に入れて、冷蔵庫の野菜室へ 代表の話(9月末、選果場で) ・今年は色づきがいい。酸味は控えめで、果汁が多い ・「日本一うまいって書いていいよ」 ・「1日1個で医者いらず、とも書いといて」
ここから先を、仕組みにする
試して手ごたえがあったら、毎日の仕事で回る形にします。ここが伴走でお手伝いする部分です。
- 品種・規格・保存方法・発送の時期をまとめた「商品の基本情報表」を作り、表から下書きを出す
- 言い過ぎの言葉や、表と食い違う数字を見つけるチェック表を作る
- 畑で話した音声メモから、商品説明・発送のお知らせ・POP・SNS向けの文をまとめて出す
- 問い合わせメールの返信も、「よくある答え集」から下書きする
仕組みを噛み砕くと
イメージとしては、売り場のことをよく知っている販売のパートさんが、畑からのメモを清書してくれるようなものです。ただし、このパートさんは今年の畑を見ていません。だから、書いてよいのはメモと表にあることだけ、と決めておきます。
| 部品 | 中身 | 誰が作る・使う |
|---|---|---|
| 商品の基本情報表 | 品種・産地・規格(秀・優・訳あり)・内容量・保存方法・発送の時期。加工品なら原材料なども | 代表・販売担当が作り、シーズンごとに直す |
| 文章の手本 | 去年のお知らせ、商品説明、問い合わせへの返事 | 伴走者が選んで整える |
| AIへの頼み方とチェック表 | 「表にないことは書かない」「数字は表のまま」「言い過ぎの言葉を使わない」など | 伴走者が作り、使いながら直す |
使うときの流れは次のとおりです。
- 入力:畑や選果場での音声メモと写真、問い合わせメール(名前・住所は消してから)
- AIがやること:商品説明・お知らせ・返信の下書き、POPやSNS向けの短い文への言い換え
- 人が確認すること:品種・産地・数字・日付、保存方法などの表示、言い過ぎの表現
- 出てくるもの:ネットショップ、ふるさと納税サイト、直売所のPOP、SNSに載せる文
基本情報表を土台にするのには理由があります。消費者庁は、食品表示基準ではECサイトの食品表示情報の掲載は対象外だとしたうえで、ECサイトでどのような情報をどの程度提供すればよいかの考え方を、事業者向けの参考ツールとしてガイドブックにまとめています3。そこでは、消費者のニーズが高い情報として保存方法、食物アレルギー表示、期限情報が挙げられ、季節等によって産地の情報が変わることがあるとも書かれています3。正しい情報を載せるにはデータの入手と管理が重要だ、ともしています3。AIに書かせる前に、情報を表で管理しておくことが、そのまま表示の備えになります。
進め方の例(小さく始める)
ステップ1 商品の基本情報表をつくる(1〜2週目)
会社にお願いするのは、いま売っている商品の一覧と、去年のお知らせや商品説明、問い合わせへの返事を集めていただくことと、1時間ほどの聞き取りです。伴走者は、それをもとに商品の基本情報表と、よく聞かれる質問の答え集を作ります。
ステップ2 1品目の商品説明とお知らせで試す(3〜4週目)
まずは、いちばん売れている品目1つだけで試します。代表の音声メモからAIが作った下書きと、代表が書いた去年の文を並べ、足りない情報や、使ってほしくない言葉をチェック表に足していきます。
ステップ3 問い合わせの返信に広げる(2ヶ月目)
収穫期が始まる前に、答え集をもとにメールの返信を試します。電話で聞かれたこともメモしておき、答え集に足していきます。商品ページに載せたほうがよい答えは、ここで載せてしまいます。
ステップ4 ふるさと納税や加工品にも(3ヶ月目以降)
ふるさと納税の返礼品ページにも広げます。条件は自治体ごとに違います。たとえば山口県の返礼品提供事業者募集要項は、食品衛生法、食品表示法、不当景品類及び不当表示防止法などの関係法規を遵守していることや、食品の産地名を適正に表示することを求め、返礼品の説明文や写真データ等を提供できることも要件にしています4。出品先の要項を確かめてから、下書きに使います。
自治体によっては、ネット販売や発信を支援する事業もあります。和歌山県では、県内の農林水産業事業者を対象にした「農林水産業デジタルマーケティング総合支援事業」が行われ、令和6年度は16の参加事業者を支援したと紹介されています5。地元の県や市町村の支援も、あわせて確かめてみてください。
ここまでを、数百万円かけてネットショップを作り直すのではなく、いまのショップと表計算のまま作ります。発信全般は集客・情報発信の悩み、問い合わせの減らし方は電話・問い合わせ対応の悩みのページもご覧ください。
気をつけたいこと・AIに任せないこと
- 言い過ぎの表現に注意します。 景品表示法の優良誤認表示は、実際のものよりも著しく優良であると示す表示のことで、消費者庁の説明は、故意に偽って表示する場合だけでなく、誤って表示してしまった場合にもふれています6。食品の例として、ブランド牛ではない国産牛肉を有名ブランド牛の肉であるかのように表示して販売していた例が挙げられています6。AIが足した言葉でも、載せるのは自社です。品種・産地・等級は表のとおりに書きます。
- 加工の一歩手前で確かめます。 厚生労働省のQ&Aでは、農業者が自ら生産したものを未加工で直売所や通信販売などで売ることは、食品衛生法上の「採取業」の範囲とされ、営業の許可や届出の対象外です7。一方、カット野菜や茹で野菜など、消費の利便性のための調理や切断は、その範囲外とされています7。また消費者庁のガイドでは、単品の野菜を単に切断したものは生鮮食品、複数の野菜を混ぜ合わせたものは加工食品と整理されています8。同じ「切った野菜」でも見る法律で扱いが違うので、加工品を始めるときは保健所など所管の窓口に確かめます。
- アレルギーや期限の表示はAIに決めさせません。 原材料や期限は、作った人が確かめた内容を表に入れ、AIはそれを写すだけにします。
- お客さまの個人情報を入れません。 個人情報保護委員会は、生成AIサービスに個人情報を含む入力をするときは、利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認するよう求めています9。社内での決めごとはAIを使うときの注意点にまとめています。
食品の表示や許可など、具体的な対応は所管の窓口や専門家にご確認ください。
伴走者がお手伝いすること
- 商品の基本情報表と、よく聞かれる質問の答え集づくり
- 音声メモから商品説明・お知らせ・返信を作るまでの、AIへの頼み方づくり
- 言い過ぎの表現や、表と食い違う数字を見つけるチェック表づくり
- AIに入れてよい情報・入れない情報の社内ルールづくり
- 家族や従業員への使い方の説明と、収穫期に入ってからの調整
農業・食品加工でのほかの使い方は業種ページにまとめています。
参考にした資料
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農林水産省「農業労働力に関する統計」(2026年11月2日確認) https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html ↩
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農林水産省 農林水産政策研究所「農業生産関連事業の展開に関する分析」(【センサス分析】研究資料 第6章、2023年12月) https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/project/attach/pdf/231215_R05census_07.pdf ↩
-
消費者庁「インターネット販売における食品表示の情報提供に関するガイドブックについて」(2022年6月) https://www.caa.go.jp/notice/assets/food_labeling_cms202_220615_04.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
山口県「山口県ふるさと納税返礼品提供事業者募集要項」(最終改正 2026年1月29日) https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/230496.pdf ↩
-
公募ガイド「和歌山県『農林水産業デジタルマーケティング総合支援事業』」の記事(2026年6月26日) https://koubo.jp/article/91800 ↩
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消費者庁「優良誤認とは」(2026年11月2日確認) https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/representation_regulation/misleading_representation ↩ ↩2
-
厚生労働省「農業及び水産業における食品の採取業の範囲について」別添「食品の採取業に関するQ&A」(2023年2月6日) https://www.mhlw.go.jp/content/001052832.pdf ↩ ↩2
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消費者庁「食品表示ガイド 早わかり 令和7年4月版(事業者向け)」(2025年4月) https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/information/pamphlets/assets/food_labeling_cms201_250512_02.pdf ↩
-
個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(2023年6月2日) https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230602_alert_generative_AI_service.pdf ↩