よくある現場の風景
午前中に入庫した車検の車が、リフトの上にあります。整備士がブレーキを外してみると、パッドの残りが少ない。下回りにはオイルのにじみ。タイヤは溝が残っているものの、側面にひびが出ています。整備士は点検整備記録簿に書き込み、気になる部分を写真に撮って事務所に戻ります。
ここからが電話です。「ブレーキパッドが減っているので、今回交換をおすすめします。オイルのにじみは、今すぐではありませんが…」。お客さまは仕事中なのか、なかなかつながりません。つながっても、「車検に通るなら、それでいいよ」と言われてしまうことがあります。このモデルケースでは、1台の説明に10〜15分。そのあいだ、リフトの上の作業は止まっています。
夕方には、来月に車検を迎えるお客さまへの案内はがきづくり。前回の整備記録を見ながら「次回はタイヤの交換時期です」と一言添えたいのに、手が回りません。車検に加わったOBD検査(車の電子装置の検査)について、お客さまから聞かれることも増えました。
人が足りないのは、この工場だけではありません。国土交通省の会議資料では、約6割の事業者が自動車整備士の不足を感じているとされています1。説明と連絡にかかる時間を減らせれば、そのぶん整備に人の手を回せます。
AIを入れると、こう変わる
点検のとき、整備士はスマホに話しかけながら写真を撮ります。「ブレーキパッド、前の左右とも残り少ない、今回交換を推奨。エンジン下部にオイルのにじみ、量は少ない、次回の点検で再確認。タイヤ、側面にひび、半年以内の交換をすすめる」。
このメモと写真をAIに渡すと、お客さま向けの説明文の下書きができます。「ブレーキパッド(ブレーキをかけるときに押しつける部品)がすり減っています。このまま使うと…」のように部品の役目から説明し、「今回おすすめ」「次回でもよい」「様子を見る」を分けて並べます。この分け方を決めるのは整備士で、AIはその判断を言葉に直すだけです。
整備士か社長が下書きを確かめ、見積ソフトで出した概算見積りと写真をつけて、LINEやメールで送ります。お客さまは写真を見ながら、自分の都合のよいときに読めます。電話は「お読みいただけましたか」の確認だけですむので、1台あたりの説明の時間は目安で半分ほどになります(よくある整備の説明例がそろっている場合)。
「車検に通るなら」という声には、国の説明をもとにした定型の文章を用意しておきます。案内はがきの一言も、前回の整備記録からAIが下書きし、事務の担当者が確かめて送ります。電話の負担を減らす考え方は、電話・問い合わせ対応の悩みのページでも紹介しています。
やってみると、こうなる
整備士の点検メモから、お客さま向けの説明文を作る
入力は架空の例です。出力は、生成AIで実際に試した結果を短くしたものです(毎回少しずつ変わります)。
AIに渡すもの
整備士の点検メモ(記録簿をつけたあとに書いた要点)
ブレーキパッド 前 左右とも残り少ない → 今回おすすめ(交換) タイヤ 4本とも側面にひび。溝はまだある → 次回でもよい(半年以内に交換を) エンジン下部 オイルにじみ、量は少ない。今すぐではない → 様子を見る(次回点検で再確認) バッテリー 点検OK、交換不要 写真3枚:パッド/タイヤ側面/オイルにじみ
AIが返してくるもの
AIの下書きお客さま向けの説明文の下書き
〇〇様 いつもありがとうございます。お預かりしているお車の点検結果をお知らせします。写真と概算のお見積りを添えていますので、あわせてご覧ください。 【今回おすすめ】 ・前輪のブレーキパッド(ブレーキを踏んだときに押しつけて、車を止める部品)が、左右ともすり減って残りが少なくなっています。すり減ったまま使い続けると、ブレーキの効きが弱くなるおそれがあります。今回の交換をおすすめします。 【次回でもよい】 ・タイヤ4本とも、側面(横の部分)にひびが出ています。溝はまだありますので今回でなくてもかまいませんが、半年以内の交換をおすすめします。 【様子を見る】 ・エンジンの下側に、オイルが少しにじんでいるところがあります。量は少なく、今すぐの修理は必要ありません。次回の点検で、あらためて確認します。 【問題がなかったところ】 ・バッテリーは点検の結果、交換の必要はありませんでした。 追加の整備は、お客さまのご承諾をいただいてから作業いたします。ご希望の整備を、お返事でお知らせください。お待ちしております。
人が見て直すところ
- 部品と急ぎ度が、整備士のメモと点検整備記録簿のとおりかを確かめる(AIが判断を変えていないか)
- 「ブレーキの効きが弱くなるおそれ」など、放っておいたときの説明が言いすぎていないかを、整備士が確かめる
- 見積ソフトの概算見積りと写真を添え、説明文の項目と見積の項目が合っているかを見る
- お客さまの承諾の返事を記録に残してから、追加の整備に入る
自分で試してみる
ChatGPT・Claude・Gemini などに、下の指示文と例をそのまま貼りつけてください。無料版でも試せます。お客さまの名前や住所など、本物の情報は入れずに、この例のまま試してください。
AIへの頼み方(指示文)を見る
あなたは自動車整備工場の事務のアシスタントです。 次の「整備士の点検メモ」をもとに、お客さまにLINEやメールで送る点検結果の説明文を作ってください。 条件: ・整備が必要かどうかと急ぎ度は、整備士のメモのとおりに書く。判断を変えたり、メモにない部品や整備を足したりしない ・「今回おすすめ」「次回でもよい」「様子を見る」の順に分けて並べ、問題がなかったところは最後に一言で書く ・専門用語は言い換え、部品の名前には役目をかっこで短く添える。「危険」「すぐに交換しないと事故に」のような、不安をあおる書き方はしない ・金額は書かない(概算見積りは見積ソフトのものを別に添えて送る) ・最後に、追加の整備はお客さまの承諾をいただいてから作業することと、お返事を待っていることを書く ――――― ここから例 ――――― 車検で入庫 軽自動車(2017年式) ブレーキパッド 前 左右とも残り少ない → 今回おすすめ(交換) タイヤ 4本とも側面にひび。溝はまだある → 次回でもよい(半年以内に交換を) エンジン下部 オイルにじみ、量は少ない。今すぐではない → 様子を見る(次回点検で再確認) バッテリー 点検OK、交換不要 写真3枚:パッド/タイヤ側面/オイルにじみ
ここから先を、仕組みにする
試して手ごたえがあったら、毎日の仕事で回る形にします。ここが伴走でお手伝いする部分です。
- よくある整備ごとの説明の例文集を作り、工場のいつもの言い方で出るようにする
- 急ぎ度の決まりを整備士とそろえ、点検のときにスマホに話すだけでメモが作れるようにする
- 説明文・写真・概算見積りをLINEやメールで送る手順と、承諾の記録の残し方を決める
- 車検と点検整備の違い、OBD検査などの定型の案内文を用意する
仕組みを噛み砕くと
イメージとしては、整備士とお客さまのあいだに立つ通訳さんです。整備士の言葉(「パッド残り少、要交換」)を、お客さまの言葉(「ブレーキの部品がすり減っていて、今回の交換をおすすめします」)に直してくれます。ただし、この通訳さんは車を見ていないので、中身の判断はしません。
仕組みは3つの部品でできています。
| 部品 | 中身 | 誰が作る・使う |
|---|---|---|
| 説明の例文集 | よくある整備(ブレーキ、タイヤ、バッテリー、オイル漏れなど)ごとの、部品の役目と説明の言い方 | 伴走者が社長・整備士への聞き取りから作り、社長が確かめる |
| 定型の案内文 | 車検と点検整備の違い、OBD検査、追加整備の連絡など | 伴走者が国の説明をもとに案を作り、社長が決める |
| 急ぎ度の決まり | 「今回おすすめ」「次回でもよい」「様子を見る」の分け方 | 整備士が決め、点検のたびにメモで伝える |
使うときの流れは次のとおりです。
- 入力:整備士の点検メモ(音声)、写真、見積ソフトの概算見積り
- AIがやること:例文集の言い方に合わせて、お客さま向けの説明文を作る。急ぎ度ごとに並べる
- 人が確認すること:点検の結果と合っているか、急ぎ度が整備士の判断どおりか、金額が見積と合っているか
- 出てくるもの:写真と概算見積りのついた説明文(LINE・メール・印刷)
もとになるのは、整備士がつける点検の記録です。国土交通省は、点検整備記録簿を、点検の結果と整備の概要を記録、保存して、自動車の維持管理に役立てるためのものと説明しています2。説明文は、この記録の中身をお客さまの言葉に直したもの、と考えると分かりやすいでしょう。
定型の案内文の中心は、車検と点検整備の違いです。国土交通省は、検査(車検)に合格したことをもって、点検・整備を省略できるものではないと説明しています3。あわせて、車検は自動車検査証の有効期間内の安全性を保証するものではない、とも書いています3。定期点検整備は、標準的な使用を前提として、定期的に行う必要のある点検を定めたものとされています2。
OBD検査の案内も、同じ形で用意できます。令和6年10月1日(輸入車は令和7年10月1日)から、車検に「電子装置の検査」(OBD検査)が追加されました4。OBD検査で不合格だった場合は、修理をしなければ車検に通りません4。検査用スキャンツールは運転席下部などにある差し込み口(データリンクコネクタ)に接続するため、車検の際には、その差し込み口に接続された機器(ドライブレコーダー等)を予め外しておく必要があります4。車検の前に一言添えておくと、お客さまも驚かずにすみます。
見積の渡し方も、紙だけではなくなっています。国土交通省の通知では、点検・整備の依頼者に渡す概算見積りについて、書面の交付に代えて電磁的方法による交付が可能となったとされています5。説明文と概算見積りを一緒に送る形は、この流れにも沿っています。具体的な方法は、所管の運輸支局などで確かめてください。
公開されている取り組み
整備の説明や案内を、デジタルの道具で分かりやすくする取り組みは、大手の系列や新しい形の整備会社から始まっています。地域の小さな整備工場が生成AIで説明文を作った公開事例は、今回調べた範囲では見つかっていません。
- トヨタモビリティパーツとギックスは、「AI整備見積りシステム」の共同提供開始を発表しています6。
- 出張整備のセイビーは、「見えないサービス」を可視化する「車検レポート」を正式リリースし、「レポート閲覧率100%を達成」と発表しています7。
- LINEの拡張ツールの導入事例ページでは、紙のDMから自動配信に切り替えたカーディーラーについて、もともと車検や点検のお知らせは紙のDMで案内していたが、顧客ごとに内容やタイミングが異なるため準備負担が大きかった、と紹介されています8。
いずれも、作業の中身をお客さまに見える形で、早く届ける工夫です。小さな工場でも、写真と分かりやすい文章を組み合わせることから始められます。
進め方の例(小さく始める)
ステップ1 説明の例文集をつくる(1〜2週目)
会社にお願いするのは、社長と整備士への1〜2時間の聞き取りと、点検結果・見積の書式を見せていただくことです。伴走者は、よくある整備ごとに「部品の役目」「放っておくとどうなるか」「お客さまへの言い方」をまとめた例文集の案を作ります。
ステップ2 車検の説明文で試す(3〜4週目)
件数の多い車検の点検結果から試します。整備士のメモからAIが作った説明文と、社長がふだん電話で話している内容を比べ、言いすぎや足りない説明を直していきます。急ぎ度の分け方も、ここで決めます。
ステップ3 送り方と記録を整える(2ヶ月目)
説明文と写真、概算見積りをLINEやメールで送る手順と、お客さまの了承を記録に残す方法を決めます。車検と点検整備の違い、OBD検査の定型の案内文も、ここで仕上げます。
ステップ4 案内はがき・DMに広げる(3ヶ月目以降)
前回の整備記録から、次回の車検・点検の案内文を下書きする使い方を加えます。車ごとに一言を添えた案内が出せるようになり、集客・情報発信にもつながります。
ここまでを、数百万円の顧客管理システムに入れ替えるのではなく、今の整備管理ソフトと見積ソフトを活かして作ります。
気をつけたいこと・AIに任せないこと
- 整備の判断は整備士が行います。 部品の交換が必要か、いつまでに必要かを決めるのは、車を見た整備士です。AIは車を見ていません。
- 追加整備は、連絡して承諾を得てから。 国土交通省の依命通達は、概算見積りの書面(または電磁的記録)を渡した後に、作業の途中で見積金額の変更を伴う整備の必要性が新たに見つかった場合、あらかじめ依頼者の了解がある場合を除き、原則として追加整備の内容と変更後の概算見積りを依頼者に連絡し、承諾を得たうえで作業を行うものとしています5。AIの文章は、この連絡を早く分かりやすくするための道具です。承諾の記録を残し、文章を送っただけで作業を進めることはしません。
- 不安をあおる書き方をしない。 AIは「危険です」「すぐに交換が必要です」と強く書きがちです。急ぎ度は整備士の判断どおりに書き、言いすぎていないかを確かめます。
- 金額はAIに計算させません。 部品代や工賃は見積ソフトの数字を使い、AIの文章の中の金額が見積と合っているかを確かめます。
- お客さまの情報の扱いを決めます。 名前や車のナンバーは入れず、入力内容が学習に使われない法人向けプランを使います。
車検や点検整備、見積の手続きの決まりについて、具体的な対応は運輸支局など所管の窓口や専門家にご確認ください。
伴走者がお手伝いすること
- 社長・整備士への聞き取りと、よくある整備ごとの説明の例文集づくり
- 車検と点検整備の違い、OBD検査などの定型の案内文の案づくり
- 点検メモから説明文の下書きを作る指示文づくりと、急ぎ度の決まりの整理
- 説明文の送り方と、お客さまの了承の記録の残し方の手順づくり
- 整備士・事務担当への使い方の説明と、使い始めてからの調整
整備工場・販売店の状況と、ほかの使い方は業種ページにまとめています。
参考にした資料
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国土交通省 自動車局 整備課「自動車整備士の確保・育成に係る課題とこれまでの取組(資料5)」 https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001877732.pdf ↩
-
国土交通省 自動車局「点検整備の種類」 https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha/tenkenseibi/tenken/t1/t1-2/ ↩ ↩2
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国土交通省 自動車局「点検整備の必要性」 https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha/tenkenseibi/tenken/t1/t1-1/ ↩ ↩2
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国土交通省「OBD検査とは?(ユーザー向け)」 https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_OBD_user.html ↩ ↩2 ↩3
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国土交通省 自動車局長「「自動車分解整備事業者の認証及び指定自動車整備事業者の指定に係る取扱い及び指導の要領について(依命通達)」の一部改正について」(国自整第152号の2、2018年9月28日) https://wwwtb.mlit.go.jp/hokushin/ishikawa/press/2018/181001ninshou&sitei_toriatsukai&sidouyouryou.pdf ↩ ↩2
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トヨタモビリティパーツ株式会社「トヨタモビリティパーツとギックス、「AI整備見積りシステム」を共同提供開始」(PR TIMES、2024年4月8日) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000116843.html ↩
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株式会社Seibii「【出張整備のセイビー】「見えないサービス」を可視化する「車検レポート」を正式リリース。作業内容の完全透明化により、レポート閲覧率100%を達成」(ASCII.jp掲載のプレスリリース、2026年2月2日) https://ascii.jp/elem/000/004/370/4370647/ ↩
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Lステップ「LINE完結の予約導線と自動配信で紙DMから脱却|カーディーラーのLステップ導入事例」 https://linestep.jp/lp/01/case_149.html ↩