よくある現場の風景
午前8時45分。内科クリニックの受付では、診療が始まる前から電話が鳴り始めます。「今日は何時までですか」「予約しないと診てもらえませんか」「駐車場はありますか」。受付の2人は、問診票を渡しながら、会計をしながら、そのたびに受話器を取ります。
電話の中身の多くは、ホームページや院内の掲示に書いてあることです。木曜と土曜の午後は休診、受付は診療終了の30分前まで、マイナ保険証とお薬手帳を持ってきてください。分かっている答えでも、電話に出ているあいだ、窓口の患者さんは待つことになります。
昼休みは留守番電話にしていますが、午後の診療が始まると、折り返しと新しい電話が重なります。予約の変更やキャンセル、健診の申し込み、「熱があるけれど行っていいか」という相談。受付は電話のメモを書きながら、看護師に回すべき電話を選り分けています。
医療DXの事業者である株式会社HERO innovationが発表した調査(有効回答154件)でも、「電話対応が多く窓口業務が中断される」が47.4%で最も多かったとされています1。国の統計ではなく、事業者による調査の結果です。診療所の現場全体の状況は医療・歯科クリニックの業種ページにまとめています。
AIを入れると、こう変わる
電話が鳴ると、まずAIが出ます。「お電話ありがとうございます。〇〇内科です。診療時間、駐車場、予約の変更はこのままお話しください。体調のご相談や、受付と話したい方はそうお伝えください」。診療時間や駐車場の質問には、院が決めた答えのとおりに案内します。
予約の変更やキャンセルは、AIが名前と希望の日時を聞き取り、要約を受付のパソコンに残します。受付は手が空いたときにそれを見て、予約システムで変更し、必要なら折り返します。「熱がある」「薬が合わない」といった体調の話が出たら、AIは答えずに受付へつなぎます。
ホームページにも同じ答え集を使ったAIチャットを置き、夜や休診日でも、診療時間や持ち物を調べられるようにします。
受付が出る電話は、体調の相談や、人が話したほうがよい用件が中心になります。このモデルケースでは、よくある質問の電話が多い院の場合、受付が出る電話は目安で3〜4割ほど減ると見込んでいます。何の電話が何件あったかの記録も残るので、掲示やホームページの書き方を直すきっかけにもなります。
やってみると、こうなる
患者さんの問い合わせに、院の案内の範囲で返事を下書きする
入力は架空の例です。出力は、生成AIで実際に試した結果を短くしたものです(毎回少しずつ変わります)。
AIに渡すもの
AIが返してくるもの
AIの下書き返信の下書き(受付が確かめてから送る)
お問い合わせいただき、ありがとうございます。 ・予約:予約がなくても受診できます(予約の方を優先してご案内します)。 ・診療日:木曜日の午後は休診です。木曜日は午前(9:00〜12:00)のみの診療で、受付は診療終了の30分前までです。 ・駐車場:医院の前に10台分あります(無料)。 ・持ち物:マイナ保険証とお薬手帳をお持ちください。紹介状がある方は、あわせてお持ちください。 熱やのどの痛み、咳、市販のお薬については、このお返事ではお答えできません。熱のある方は、来院の前にお電話で受付にご相談ください。 急に具合が悪くなったときは、ためらわずに119番に連絡してください。 【受付メモ】 ・熱(37度台)・のどの痛み・咳と、市販の風邪薬について質問あり(返信では答えていません) ・木曜午後の受診を希望(休診のため、来院日の確認が必要)
人が見て直すところ
- 熱・咳・市販薬の質問は看護師にも伝え、返信だけで済ませずに受付から電話をかけるかを決める
- 明日に臨時休診や担当医の変更がないかを確かめ、院の案内(答え集)が新しいかを見る
- 人につなぐときの言い方が、院長の決めた文面と合っているかを確かめてから送る
自分で試してみる
ChatGPT・Claude・Gemini などに、下の指示文と例をそのまま貼りつけてください。無料版でも試せます。お客さまの名前や住所など、本物の情報は入れずに、この例のまま試してください。
AIへの頼み方(指示文)を見る
あなたは内科クリニックの受付のアシスタントです。 患者さんからのお問い合わせに、下の「院の案内」を使って返信の下書きを作ってください。 院の案内: ・診療時間:午前9:00〜12:00(月〜土)、午後15:00〜18:00(月・火・水・金) ・休診:木曜と土曜の午後、日曜・祝日 ・受付は診療終了の30分前まで ・予約:予約がなくても受診できます(予約の方を優先してご案内します) ・駐車場:医院の前に10台(無料) ・持ち物:マイナ保険証、お薬手帳、紹介状(お持ちの方) ・熱のある方:来院の前にお電話ください 条件: ・答えてよいのは、診療時間・予約・駐車場・持ち物など、「院の案内」に書いてあることだけ。書いていないことは推測せず「受付からご連絡します」とする ・症状の相談、病名の見立て、薬の飲み方、受診したほうがよいかには答えない。「お電話で受付にご相談ください」と案内し、急に具合が悪くなったときは119番を案内する ・ていねいで、短く、分かりやすい文にする ・返信のあとに「受付メモ」として、受付が確かめることを2つまで書く ――――― ここから例 ――――― 件名:はじめての受診について はじめて受診したいのですが、予約をしないと診てもらえませんか。 明日(木曜)の午後に行けたらと思っています。 車で行くので、駐車場があるかも教えてください。 3日前から37度台の熱があって、のどが痛く、きのうからは咳も出ます。 市販の風邪薬を飲んでいますが、このまま飲み続けても大丈夫でしょうか。 持っていくものがあれば教えてください。
ここから先を、仕組みにする
試して手ごたえがあったら、毎日の仕事で回る形にします。ここが伴走でお手伝いする部分です。
- 電話の用件を数え、AIに任せる質問と「答えない質問」を院長と決める
- 院長が確かめた答え集を、AI電話やホームページのAIチャットに載せる
- 時間外の予約の変更は、AIが聞き取った要約を受付が翌朝に処理する流れにする
- 答え集を直す係と、問い合わせの記録を見直す日を決める
仕組みを噛み砕くと
イメージとしては、院の案内板とお知らせを丸ごと覚えた電話番さんです。ただし、この電話番さんには「医療の相談には答えず、必ず受付に回す」と言い含めてあります。
仕組みの中心は、院長が中身を確かめた「答え集」です。AIはこの答え集の範囲でだけ答え、載っていない質問には「受付におつなぎします」と返します。
| 問い合わせ | AIの対応 | 人の対応 |
|---|---|---|
| 診療時間・休診日・受付の締め切り | 答え集どおりに案内 | 臨時休診や時間の変更を答え集に反映 |
| 駐車場・場所・アクセス | 答え集どおりに案内 | 変更があれば答え集を直す |
| 持ち物(保険証・マイナ保険証・お薬手帳・紹介状) | 答え集どおりに案内 | 変更があれば答え集を直す |
| 予約の変更・キャンセル | 用件と連絡先を聞き取り、要約を残す | 受付が予約システムで処理し、折り返す |
| 体調・症状・薬・検査結果の相談 | 答えない。受付につなぐ。時間外は救急への案内 | 看護師・医師が対応 |
| 自費診療の内容や料金の詳しい説明 | 答えない。受付につなぐ | 受付・院長 |
答え集に入れる中身は、まず院がふだんから外に出している案内の範囲にとどめます。厚生労働省の医療広告等ガイドラインでも、診療日と診療時間は「可能な限り医療広告においても記載するのが望ましい」とされ、駐車設備の有無・位置・収容可能台数・駐車料金も広告できる事項に挙がっています2。
一方で、平成29年の医療法改正により、ウェブサイトによる情報提供も広告規制の対象になりました3。AIチャットやAI電話の答えがどう扱われるかを国が示した資料は、今回の調べでは確認できていません。そのため答え集はホームページと同じ基準で書き、院長が目を通してから使います。
進め方の例(小さく始める)
ステップ1 電話の中身を数える(1〜2週目)
受付に、電話の用件を1〜2週間、紙に正の字でつけてもらいます。「診療時間」「予約の変更」「駐車場」「持ち物」「体調の相談」くらいの分け方で十分です。伴走者はこれを集計し、AIに任せられそうな電話がどれくらいあるかを院長と一緒に確かめます。
ステップ2 答え集と「答えない質問」を決める(2〜3週目)
ホームページや院内掲示、受付の申し送りノートから、伴走者がAIで答え集のたたき台を作ります。院長はその中身を確かめ、あわせて「AIに答えさせない質問」と、人につなぐときの言い方を決めます。ここがいちばん大事な工程です。
ステップ3 昼休みと時間外だけで試す(2ヶ月目)
最初は、受付が電話に出られない昼休みと、診療終了後だけをAIに任せます。予約の変更は聞き取りと要約まで、翌朝に受付が処理して折り返す形です。ホームページのAIチャットも同じ答え集で置き、答えの中身を毎週見直します。
ステップ4 診療時間内に広げるかを決める(3ヶ月目)
記録をもとに、どの電話をAIに任せ、どの電話に受付が出るかを見直します。お年寄りの患者さんが多い院では、「受付と話したい」と言えばすぐ人につながる形を残したまま広げます。
ここまでを、数百万円の予約システムを入れ直すのではなく、今の予約のやり方を活かして作ります。AI電話のサービスは料金のしくみがさまざまなので、2026年時点の料金を各社の公式サイトで確かめて選びます。電話・問い合わせ対応の悩みのページもあわせてご覧ください。
気をつけたいこと・AIに任せないこと
- 症状の相談・診断・治療の助言は、AIにさせません。 厚生労働省の通知は、AIを用いた診断・治療支援のプログラムを使って診療する場合も、診断・治療等を行う主体は医師で、医師が最終的な判断の責任を負うとしています4。患者さん向けのAIが症状に答えることを扱った国の見解は確認できていないため、このモデルケースでは答えさせない設計にしています。急な症状は、人と救急につなぎます。
- 自動音声だけにしません。 医療広告等ガイドラインのQ&Aは、広告できる事項の限定を解除する場合の要件について、問い合わせ先の電話番号につながっても自動音声が対応するだけで、折り返しの連絡がない場合は要件を満たすとは認められないとしています3。AI電話にそのまま当てはまるかは分かりませんが、人につながる道と折り返しは必ず残します。
- 患者さんの情報の扱いを先に決めます。 個人情報保護委員会は、本人の同意を得ずに個人データを含む指示文を生成AIサービスに入力し、応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は、個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性があると注意を呼びかけています5。厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」第7.0版は、医療に関する患者情報(個人識別情報)を含む情報を扱う情報システム全般を対象として想定しています6。予約の聞き取りで名前を扱うAI電話がどこまで当てはまるかは、サービスの事業者と所管の窓口に確かめます。詳しくはAIを使うときの注意点もご覧ください。
- 答え集の古さに気をつけます。 臨時休診や担当医の変更を入れ忘れると、AIは古い答えを案内します。変更のたびに更新する係を決めておきます。
具体的な対応は、所管の窓口(保健所・自治体など)や専門家にご確認ください。
伴走者がお手伝いすること
- 電話の用件の集計と、AIに任せる範囲の整理
- ホームページ・院内掲示をもとにした、答え集のたたき台づくり
- 「答えない質問」と人につなぐ流れの設計、試すときの確認
- AI電話・AIチャットを選ぶときの確認項目の整理(特定のサービスをすすめるのではなく、院の条件に合うかを一緒に見ます)
- 患者さんの情報の扱いについて、事業者に確かめる項目の一覧づくり
- 受付スタッフへの使い方の説明と、使い始めてからの答え集の見直し
参考にした資料
-
株式会社HERO innovation「クリニック運営の「隠れた負担」に関する実態調査」(PR TIMES、2026年6月17日) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000030.000062237.html ↩
-
厚生労働省「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告等ガイドライン)」(令和8年3月30日最終改正) https://www.mhlw.go.jp/content/001683594.pdf ↩
-
厚生労働省「医療広告等ガイドラインに関するQ&A」 https://www.mhlw.go.jp/content/001683595.pdf ↩ ↩2
-
厚生労働省医政局医事課長通知「人工知能(AI)を用いた診断、治療等の支援を行うプログラムの利用と医師法第17条の規定との関係について」(医政医発1219第1号、2018年12月19日) https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000468150.pdf ↩
-
個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(2023年6月2日) https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230602_kouhou_houdou.pdf ↩
-
厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版 概説編」(令和8年6月) https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001716290.pdf ↩