よくある現場の風景
午後5時すぎ。配送を終えたトラックが1台ずつ車庫に戻ってきます。ドライバーは事務所で業務後の点呼を受け、手書きの運転日報を専務の机に置いて帰っていきます。机の上には、その日の日報が20枚近く積み上がります。
ここからが専務の事務仕事です。出発と到着の時刻、届け先、荷待ちの時間、走行距離。日報を1枚ずつめくりながら、荷主ごとの運行実績をExcelに打ち込みます。字にくせのある人の日報は、翌朝本人に確かめるしかありません。
日中は日中で、電話が鳴りやみません。「国道が事故で止まっていて、30分は遅れそうです」「いつもの工場、また1時間待ちです」。ドライバーからの一報を受けるたびに、専務が荷主に電話をかけ、到着の見込みを伝えます。その合間に配車表を直し、翌日の段取りを組みます。
月末は、日報と請求書の数字を突き合わせる作業で数日がつぶれます。国の手引きでも、物流の現場は電話、FAX・紙でのやりとりが主流で、デジタル化はあまり進んでいないのが実態と書かれています1。ドライバー不足など業界全体の状況は運送・物流の業種ページにまとめていますが、事務所の中も、専務が休むと回らない状態が何年も続いています。
AIを入れると、こう変わる
ドライバーは、配送を終えたら運転席でスマホに話しかけます。「A社の工場、8時着。荷待ち50分。フォークリフトが1台故障。帰りの国道で事故渋滞、20分遅れ」。紙の日報を続けたい人は、書いた日報をスマホで撮って送るだけでもかまいません。
事務所のパソコンには、AIが話の中身をいつもの日報の項目に並べた下書きが届いています。時刻や距離はデジタコのデータを使い、AIが整えるのは荷待ちの理由や現場の気づきといった文章の部分です。専務は下書きを確かめ、読み取りの間違いを直して確定します。打ち込みの時間は、このモデルケースでは目安として1日1時間ほどから15分ほどになる想定です(日報の書式が決まっていて、ドライバーの半分ほどが話して入力する場合)。
遅れの連絡も変わります。ドライバーから「30分遅れ」と一報が入ると、AIが荷主向けの連絡文を下書きします。遅れの理由、到着の見込み、次に連絡する時刻。配車担当は文面を確かめ、必要なら一言足して送るだけです。電話をかけるのは、荷主と相談が必要なときにしぼれます。
月末には、日報がすでに表のデータになっているので、請求の数字との照合は表どうしの突き合わせで済みます。荷待ちの時間と理由も荷主ごとに一覧にでき、改善をお願いするときの材料になります。
やってみると、こうなる
ドライバーの一報から、荷主への遅れの連絡文を作る
入力は架空の例です。出力は、生成AIで実際に試した結果を短くしたものです(毎回少しずつ変わります)。
AIに渡すもの
運行の途中、安全な場所に停車してからスマホに話した一報(文字起こし)
1号車です。いま国道沿いのコンビニの駐車場に停めて話してます。 A社の工場、8時着で荷待ちが50分。積み込んで出たのが9時半です。 そのあと国道で事故渋滞にはまって、ほとんど動いてないです。 B社の倉庫、11時着の予定だったけど、40分くらい遅れそうです。 午後のC社の2か所は、いまのところ予定どおり行けると思います。
AIが返してくるもの
AIの下書き荷主への連絡文と、日報に残すメモの下書き
①A社様への遅れのご連絡(下書き) A社 ご担当者様 いつもお世話になっております。本日のB社様倉庫への納品についてご連絡いたします。 国道で事故渋滞が発生しており、11時の到着予定から40分ほど遅れる見込みです。 渋滞の状況によっては、見込みが変わる場合がございます。 ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。 到着したとき、または見込みが変わったときに、改めてご連絡いたします。 ②日報に残すメモ(下書き) 車両:1号車 A社 工場:8:00着/荷待ち50分/出発9:30 B社 倉庫:到着予定11:00、40分ほど遅れる見込み(国道の事故渋滞)/実際の到着時刻【要確認】 C社(2か所):午後。いまのところ予定どおり行けそう、とのこと
人が見て直すところ
- 配車担当が渋滞情報と午後のC社への影響を見て、見込みの時刻を「11時40分ごろ」などに直してから送る
- 送る相手と連絡手段を確かめる(電話で伝えるべき荷主か、届け先のB社にも直接伝えるか)
- 待つか、道を変えるかなど、ドライバーへの運行の指示は運行管理者が電話で行う
- 着いたあと、実際の到着時刻と遅れの理由を日報に残す
自分で試してみる
ChatGPT・Claude・Gemini などに、下の指示文と例をそのまま貼りつけてください。無料版でも試せます。お客さまの名前や住所など、本物の情報は入れずに、この例のまま試してください。
AIへの頼み方(指示文)を見る
あなたは運送会社の配車担当を手伝うアシスタントです。 次の「ドライバーからの一報」から、①荷主のA社への遅れの連絡文 と ②日報に残すメモ の下書きを作ってください。 条件: ・連絡文には、遅れの理由・到着の見込み・お詫び・次に連絡するタイミング(到着したとき、または見込みが変わったとき)を、短くていねいに書く ・到着は「見込み」と書き、確定したように書かない ・時刻は話した内容だけを書き、計算はしない(「40分くらい遅れ」は、そのままの言い方で) ・日報に残すメモは「項目:内容」の形で、話した内容だけを書く。分からないところは「【要確認】」とする ・点呼や運行の指示(待機・ルート変更・休憩など)は書かない ――――― ここから例 ――――― 1号車です。いま国道沿いのコンビニの駐車場に停めて話してます。 A社の工場、8時着で荷待ちが50分。積み込んで出たのが9時半です。 そのあと国道で事故渋滞にはまって、ほとんど動いてないです。 B社の倉庫、11時着の予定だったけど、40分くらい遅れそうです。 午後のC社の2か所は、いまのところ予定どおり行けると思います。
ここから先を、仕組みにする
試して手ごたえがあったら、毎日の仕事で回る形にします。ここが伴走でお手伝いする部分です。
- 荷主ごとに、遅れ・荷待ちのときの連絡文の型と、送る手段を決める
- 「停車してから話す」など、一報の話し方の決まりをドライバーと決める
- 一報のメモを、その日の日報の下書きにそのままつなげる
- 若手2〜3人で、紙の日報と並行して試す
仕組みを噛み砕くと
イメージとしては、ドライバーの話を聞き取って、いつもの書式に清書してくれる事務員さんが一人増えるようなものです。ただし、この事務員さんは点呼もしませんし、運行の指示も出しません。
| 入力 | AIがやること | 人が確認すること | 出てくるもの |
|---|---|---|---|
| ドライバーの音声メモ、日報の写真 | 話や手書きの文字を読み取り、日報の項目(時刻・届け先・荷待ち・気づき)に並べる | 読み取りの間違い、抜けている項目 | いつもの書式の日報(表のデータ) |
| デジタコ・運行管理ソフトのデータ | 時刻や距離を、日報の下書きと同じ行にそろえる | 音声メモと食い違う箇所 | 日報と運行記録をそろえた一覧 |
| 遅れ・荷待ちの一報 | 荷主向けの連絡文(理由・見込み・次の連絡)を下書きする | 文面、到着見込みの確からしさ、送る相手 | 送る前の連絡文 |
| 1か月分の日報データ | 荷主ごとの荷待ちの時間と理由を並べる | 合計の検算、荷主に見せてよい内容か | 荷待ちの月次一覧 |
ポイントは2つあります。1つ目は、日報の書式は変えないことです。運転日報(条文では「業務の記録」)と点呼の記録は、どちらも運転者ごとに記録し、1年間保存することが法令で決まっています2。著しい運行の遅延などの異常があった場合は、その概要と原因も記録する事項に含まれています2。項目や残し方はいまの決まりのまま使い、AIは「書く」手間だけを引き受けます。AIが下書きした遅れの連絡文は、日報にその概要と原因を書き残すときの材料にもなります。書式を変えたいときは、運輸支局や専門家に確かめてからにします。
2つ目は、計算はAIにさせないことです。荷待ち時間の合計や走行距離の集計は、スプレッドシートの計算式で出します。AIは文章を整えるのは得意ですが、数字の足し算はときどき間違えるからです。
道具は、生成AI(ChatGPT・Claude・Geminiなど)の法人向けプランと、GoogleスプレッドシートかExcel、ドライバーのスマホがあれば始められます。いまのデジタコや運行管理ソフトは、そのまま使い続けます。数百万円の運行管理システムを新しく入れる話ではありません。記録の手間を減らす考え方は、日報・記録・報告の悩みのページでも紹介しています。
公開されている取り組み
生成AIを日報に使った中小の運送会社の公開事例は、まだ見当たりません。ただ、日報や記録のデジタル化に取り組んだ会社の例は、国や自治体が紹介しています。
- 国土交通省の手引きでは、中小の運送会社である南国運送株式会社で、請求書を作るときに紙の運転日報と請求書の整合性を確かめる必要があり、実績照合に2〜3日かかっていたと紹介されています1。配車計画システムでデータを一つにまとめたことで、締め日前の実績の突き合わせは経理だけの作業になり、2〜3時間に短縮したとされています1。
- 宗像市の事例集では、宗像貨物運送有限会社が、デジタコを入れて「運行日報を記載する手間が省けて、従業員の時短に繋がりました」と紹介されています3。
- 同じ国の手引きでは、労務管理システムを入れた菱木運送株式会社が、待機時間を把握することで事務所から荷主に直接改善を依頼できるようになり、待機時間の削減にもつながったと紹介されています1。
いずれもAIではなく、デジタル化の取り組みです。それでも、日報がデータになると事務の流れが変わることは読み取れます。AIは、その手前の「書く」「打ち直す」部分をさらに軽くする道具として使います。
進め方の例(小さく始める)
ステップ1 いまの日報と電話の棚卸し(1〜2週目)
会社にお願いするのは、いまの日報の書式と記入済みの日報1か月分ほど(写真でかまいません)を渡していただくことと、1時間ほどの聞き取りです。伴走者は、日報のどの項目を誰がどこで書いているか、ドライバーからの電話と荷主への連絡が1日に何件くらいあるかを一覧にします。国の手引きのアンケートでも、デジタル化率が高くデジタル化の意向も強い工程として点呼業務や日報作成などが挙がり、自社だけで完結できる工程が目立ったとされています1。日報は、荷主の仕組みに合わせなくても始められる仕事です。
ステップ2 若手2〜3人で、紙と並行して試す(3〜6週目)
いきなり全員では始めません。スマホに慣れた若手のドライバー2〜3人に、紙の日報と並行して音声メモを使ってもらいます。AIの下書きと紙の日報を見比べて、読み取りの癖や抜けやすい項目を直していきます。国の手引きにある南国運送の例でも、3か月間の導入移行期間を設けて若手運転手5名を選び、紙での報告とデジタルを並行して使って習得してもらったと紹介されています1。
ステップ3 荷主への連絡文の型をつくる(2ヶ月目)
よく連絡する荷主ごとに、遅れたとき・荷待ちが長いときの連絡文の型を作ります。誰に、どの手段(メール・チャット・電話)で、何を伝えるか。AIの下書きはこの型に沿って出るようにし、配車担当が確かめて送る流れを決めます。
ステップ4 全員に広げ、月末の照合に使う(3ヶ月目以降)
使い方に慣れた若手が、ほかのドライバーに教える形で広げます。南国運送の例でも、本格導入後も半年は並行して慣れてもらいながら、若手がベテランに使い方を伝えたとされています1。日報がデータでそろってきたら、月末の請求との照合や、荷主ごとの荷待ちの一覧にも使います。
国の手引きでは、デジタル化の課題として費用のほかに、社内での優先度が低い、デジタル化をリードする部門がない、どのシステムを選べばよいかわからない、といった声も挙がっています1。専務一人で抱えていると、日々の仕事に押されて止まりがちです。外から伴走する人が段取りを持つと、専務は確認と判断に集中できます。
気をつけたいこと・AIに任せないこと
- 点呼と運行管理は人が行います。 運送事業では、営業所に運行管理者を置き、運転者に対する業務前後の点呼や運行中の必要な指示をすることが求められています4。AIは日報や連絡文の下書き係で、点呼の代わりにはなりません。機器を使った点呼の方法を考えるときは、要件を運輸支局に確かめてから進めます。
- 労働時間の基準の判断はAIに任せません。 トラックの運転者にも時間外労働の年960時間の上限規制が始まり、拘束時間などを定めた改善基準告示も改正されています5。日報のデータを並べることはできても、基準を守れているかの判断は、運行管理者と専門家が行います。
- 「監視されている」と感じさせない説明を。 国の手引きでは、IT点呼を入れた八大株式会社の例で、ドライバーが監視されているという点に嫌悪感や反感があったことが、苦労した点として挙げられています1。何のための記録か、誰が見るのかを先に伝えます。
- 記録の保存先は会社で決めます。 保存が決まっている日報や点呼の記録は、AIとのやりとりの画面に置いたままにせず、確定したものを会社の決まった保存先(紙の綴りや社内のフォルダ)に残します。
- 荷主や届け先の情報の扱いを決めておきます。 学習に使われない法人向けプランを使い、入れてよい情報の社内ルールを最初に決めます。くわしくはAIを使うときの注意点にまとめています。
具体的な対応は、所管の運輸支局や専門家にご確認ください。
伴走者がお手伝いすること
- いまの日報の書式と、ドライバーからの連絡の流れの聞き取り
- 音声メモや日報の写真から、いつもの書式に清書するまでの手順(AIへの指示文)づくり
- 荷主ごとの連絡文の型と、送る前に確かめることのチェックリストづくり
- 日報データの表と、荷待ち時間の集計表(計算式入り)の設計
- 若手ドライバーへの使い方の説明と、並行して使う期間の調整
ドライバーの採用に悩んでいる場合は、求人原稿づくりにAIを使う方法もあわせてご覧ください。
参考にした資料
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国土交通省 総合政策局 物流政策課「中小物流事業者のための 物流業務のデジタル化の手引き」(2023年3月。事例の会社の規模は掲載表記で、南国運送 社員数20名、菱木運送 社員数41名、八大 社員数57名) https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001608991.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9
-
e-Gov法令検索「貨物自動車運送事業輸送安全規則」第7条(点呼等)・第8条(業務の記録)(2026年11月2日時点の現行規定) https://laws.e-gov.go.jp/law/402M50000800022 ↩ ↩2
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宗像市「デジタル化事例No.15 宗像貨物運送有限会社」(従業員数10名、一般貨物のトラック運送) https://www.city.munakata.lg.jp/kiji0034096/3_4096_16_R3-digital-case-study15.pdf ↩
-
国土交通省 物流・自動車局 安全政策課「自動車運送事業における運行管理の高度化に向けた 業務前自動点呼の先行実施要領」(2024年5月) https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/content/000326785.pdf ↩
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厚生労働省 広報誌『厚生労働』2023年12月号 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou_kouhou/kouhou_shuppan/magazine/202312_001.html ↩