よくある現場の風景

午後6時。職人さんたちが帰ったあとの事務所で、社長がパソコンに向かっています。机の上には、昼間に見てきた現場のメモと、スマホで撮った写真。今夜中に、浴室リフォームの見積を2件と、外壁塗装の見積を1件まとめなければいけません。

まずは過去の似た工事の見積を探します。「たしか去年の秋にも1616サイズのユニットバス交換をやったはず」と、年度別のフォルダを開いては閉じる。見つけたExcelをコピーして、解体費、給排水工事、電気工事、産廃処分費と、項目を一つずつ直していきます。材料の値段は去年から変わっているので、メーカーの価格表も確認し直しです。職人さんの手間賃の単価は、気づけば何年も同じ数字のままです。

1件に2〜3時間(このモデルケースでの想定です)。3件終わるころには日付が変わっています。翌日は朝から現場なので、見積の提出は結局週明け。そのあいだに、お客さまは別の会社の見積を受け取っていて、「もう少し早ければお願いしたかったんですけど」と言われる。

若手に任せたい気持ちはあります。でも、どの工事にどの項目が必要で、どこで手間がかかるかは、社長の頭の中にしかありません。教える時間もとれないまま、見積はずっと社長の仕事になっています。

引き継ぎは、建設業全体の課題でもあります。国土交通省の資料では、60歳以上の技能者は全体の約4分の1(25.8%)を占め、10年後にはその大半が引退することが見込まれるとされています1。業界の状況は工務店・建設業のページにまとめています。

AIを入れると、こう変わる

現場では、社長が見て回りながらスマホに話しかけます。「在来浴室からユニットバスへ。サイズは1616。給湯器は既存を利用。脱衣所の床が少し沈んでいるので、床下の確認が必要」。あわせて写真を何枚か撮っておきます。

事務所に戻ってこのメモをAIに渡すと、過去の見積の中から似た工事を探し、必要な項目と数量の候補を並べた見積のたたき台ができあがります。単価は会社の単価表から入り、金額と合計はスプレッドシートの計算式で出ています。材料費と労務費は分けて並ぶので、「一式」でまとめずに内訳を示しやすくなります。

社長の仕事は、このたたき台を確認して直すことです。「この現場は2階の浴室だから搬入の手間を足そう」「床下の補修は別項目で概算を入れておこう」。ゼロから組み立てるのではなく、直すところだけ考えればよいので、このモデルケースでは作業時間が半分ほどになることを目安にしています(過去の似た見積がある程度そろっている工事の場合)。

見積を当日か翌日に出せれば、相見積もりで後手に回りにくくなります。数ヶ月使ううちに、若手が現調メモからたたき台を作り、社長が最終確認をする、という分担もできるようになります。

見積の下ごしらえを社長ひとりの手から離すと、受けられる仕事の量も変わります。国交省の事例集には、大阪市の建設会社の例として、見積業務の支援によって1ヶ月あたりの対応見積件数が最大12倍(1件→12件)に増えたと書かれています2。書類業務を外部の支援チームに任せた取り組みで、AIの導入例ではありません2。

やってみると、こうなる

現調メモから、見積のたたき台を作る

入力は架空の例です。出力は、生成AIで実際に試した結果を短くしたものです(毎回少しずつ変わります)。

  1. AIに渡すもの

    現場でスマホに話したメモ(文字起こし)

    A様邸(仮)。在来の浴室からユニットバスへ交換。サイズは1616。浴室は2階。 給湯器は既存を使う、追い焚きあり。換気扇は交換。浴室ドアは折れ戸希望。 脱衣所の床が少し沈んでいるので、床下の確認が必要。窓は今のまま。 工事は来月中の希望。

  2. AIが返してくるもの

    AIの下書き見積のたたき台(単価・金額は空欄)

    項目数量単位メモ
    既存浴室の解体・撤去(在来)1式2階のため搬出経路は要確認
    産業廃棄物の処分1式解体量により変わる
    ユニットバス本体 1616サイズ1台品番・グレードは要確認
    ユニットバスの組み立て1式
    給排水・追い焚き配管の接続1式給湯器は既存を使用
    電気工事(照明・換気扇)1式
    換気扇1台機種は要確認
    浴室ドア(折れ戸)1式ユニットバスに含まれるか要確認
    脱衣所の床下確認・補修1式傷みの範囲により別途
    養生・清掃1式

    現場で確かめること:① 2階への搬入経路と、荷揚げの要否 ② 脱衣所の床下の傷みの範囲 ③ 窓まわりとユニットバスの納まり

  3. 人が見て直すところ

    • 2階なので「搬入・荷揚げ」の項目を足す
    • 床下補修は概算で別項目に出し、お客さまに先に伝える
    • 材料費と労務費を分けて並べ直す(改正建設業法の内訳に合わせる)

自分で試してみる

ChatGPT・Claude・Gemini などに、下の指示文と例をそのまま貼りつけてください。無料版でも試せます。お客さまの名前や住所など、本物の情報は入れずに、この例のまま試してください。

AIへの頼み方(指示文)を見る
あなたは工務店の見積担当のアシスタントです。
次の「現調メモ」から、浴室リフォームの見積のたたき台を作ってください。

条件:
・「項目/数量/単位/メモ」の4列の表にする
・単価と金額は書かない(あとで会社の単価表から入れるため)
・メモから分からないことは推測で埋めず、メモ欄に「要確認」と書く
・表のあとに、見積の前に現場で確かめたほうがよいことを3つまで挙げる

――――― ここから例 ―――――
A様邸(仮)。在来の浴室からユニットバスへ交換。サイズは1616。浴室は2階。
給湯器は既存を使う、追い焚きあり。換気扇は交換。浴室ドアは折れ戸希望。
脱衣所の床が少し沈んでいるので、床下の確認が必要。窓は今のまま。
工事は来月中の希望。

ここから先を、仕組みにする

試して手ごたえがあったら、毎日の仕事で回る形にします。ここが伴走でお手伝いする部分です。

  • 過去の見積を読み込ませて、自社の項目名と並び順で出す
  • 単価表から単価を引き、いつもの見積書の形で出す
  • スマホで話すだけで、事務所のパソコンにたたき台が届く流れにする
この仕組みづくりを相談する →

仕組みを噛み砕くと

イメージとしては、過去の見積書の束を全部覚えている事務員さんが、隣でたたき台を作ってくれるようなものです。ただし、この事務員さんは計算や最終判断はしません。

仕組みは3つの部品でできています。

部品 中身 誰が作る・使う
見積の台帳 過去の見積書を「工事の種類・項目・数量・単価」の表に整理したもの 最初に伴走者がAIで読み取って作り、以後は見積を出すたびに追加
単価表 材料・労務・経費ごとの単価。いつ見直したかの日付も残す 社長または事務担当が、決めた日に見直す
見積フォーマット いつもの見積書の形をしたスプレッドシート。材料費・労務費・法定福利費などの内訳欄と計算式入り 伴走者が今の見積書に合わせて作る

使うときの流れは次のとおりです。

  1. 入力:現調のときの音声メモと写真
  2. AIがやること:メモを読み取り、台帳から似た工事を探して、必要な項目と数量の候補を見積フォーマットに並べる
  3. 計算:単価表から単価を引き、金額と合計はスプレッドシートの計算式で出す(AIに計算させないのがポイントです)
  4. 人が確認すること:数量、現場ごとの事情、労務費や経費が削られすぎていないか、値引きの考え方
  5. 出てくるもの:いつもと同じ形の見積書(PDFで出力、または見積ソフトに取り込み)

単価表は、法令の面からも大事な部品です。国交省の取引事例集は、数年にわたって見直されていない労務単価を使い、適正な労務費が確保されていない取引を行うことを「単価を見直さない据え置き」にあたるとしています3。労務費の考え方として、中央建設業審議会の「労務費に関する基準」では、職種ごとの公共工事設計労務単価に、施工条件や作業内容に合った歩掛(その作業に必要な手間の標準的な量)を掛けて計算する方法が示されています3。単価表の労務の欄を見直すときは、こうした国の考え方も参考にします。

見積フォーマットも、一から考える必要はありません。国交省の運用方針は、これまで内訳を書いた見積書を作る習慣がなかった事業者にも、国交省の見積書の様式例や業界団体の標準見積書などを使って、労務費や必要な経費をきちんと盛り込んだ見積書を作る力を高めることを求めています1。今の見積書の形を活かしつつ、こうした様式も見比べて内訳の欄を整えます。

過去の見積書が紙しかない場合でも、写真やスキャンから紙の文字を読み取る機能(OCR)を使えば台帳にできます。数年分を一気にやる必要はなく、よく受ける工事の種類から始めれば十分です。

進め方の例(小さく始める)

ステップ1 過去の見積の棚卸し(1〜2週目)

会社にお願いするのは、過去の見積書のファイルを渡していただくことと、1時間ほどの聞き取りです。伴走者は、見積書を読み取って台帳にし、「どの工事を何件くらい受けているか」を一覧にします。単価表がいつ見直されたかも、ここで確かめます。

ステップ2 1種類の工事で試す(3〜4週目)

いきなり全部ではなく、件数の多い工事(たとえば浴室リフォーム)1種類だけで試します。直近の案件で、社長がいつもどおり作った見積と、AIのたたき台を並べて比べ、足りない項目や数量のずれを直していきます。

ステップ3 ふだんの仕事で使う(2ヶ月目)

実際の見積で使いながら、メモの話し方のコツや、確認すべき項目のチェックリストを整えます。単価表を見直す日(月1回など)と、提出した見積書や最終の見積書を案件ごとにどこへ保存するかも、ここで決めます。

ステップ4 若手に下書きを任せる(3ヶ月目以降)

若手が現調メモからたたき台を作り、社長が確認する形に移ります。台帳と単価表は、見積の考え方を教える教材にもなります。

ここまでを、大がかりな見積システムを新しく外注するのではなく、今あるExcelや見積書の形を活かして作ります。仕組みが会社の中に残るので、あとから工事の種類を増やすのも自分たちでできます。外注と伴走のちがいはこちらのガイド、見積まわりの悩みは見積・書類づくりの悩みのページもご覧ください。

気をつけたいこと・AIに任せないこと

  • 金額の最終責任は人が持ちます。 AIは計算を間違えることがあるので、計算はスプレッドシートの計算式で行い、AIに合計を出させないようにします。
  • 現場ならではの事情はAIには分かりません。 搬入経路、既存配管の傷み具合、解体してみないと分からない部分などは、社長の目で足す前提です。
  • 単価は放っておくと古くなります。 単価表の見直しを決まった日に行うルールが欠かせません。
  • お客さまの個人情報の扱いを決めておきます。 入力した内容を学習に使わないと規約に書かれた法人向けプランを選び、名前や住所は記号に置き換えます。入力してよい情報の決め方はAI導入で失敗しないための決めごとにまとめています。

見積書については、法律の決まりも変わりました。令和6年6月14日に公布された改正建設業法のうち、見積りに関する規定などが令和7年12月12日から施行され、改正法は全面施行となっています4。

  • 内訳を書いた見積書は「努力義務」:材料費、労務費、法定福利費の事業主負担分、安全衛生経費、建設業退職金共済の掛金などを書いた「材料費等記載見積書」を作るよう努めることとされました4。
  • 著しく低い見積りは「禁止」:材料費等記載見積書に書く材料費等の額について、工事に通常必要と認められる額を著しく下回る見積りや、見積りの変更依頼をしてはならないとされました4。
  • 見積書の保存は「義務」:契約のときに材料費等記載見積書を取り交わした場合、最終見積書(契約内容の明細を示す見積書)などは、請負契約書と同じように、工事の目的物を引き渡したときから10年間保存することが義務づけられました4。

これらの見積りの規定は、施行日以降に見積書を交付する場合に適用されます(施行日より前に結んだ契約の変更契約にかかる見積書も含みます)4。

AIで見積を早く出すことが目的でも、たたき台の労務費や経費を削って安く見せることはしません。値引きの交渉そのものは否定されていませんが、国交省の事例集は、適正な労務費を下回らないよう、値引きの原資は受注者の利潤相当額の範囲などから充てる必要があるとしています3。

台帳と単価表を整え、提出した見積書を案件ごとに残しておくことは、こうした決まりへの備えにもなります。ただし、自社の契約がどこまで対象になるか、どの見積書をどう保存するかなど、具体的な対応は所管の窓口や専門家にご確認ください。

伴走者がお手伝いすること

  • 過去の見積書の読み取りと、見積の台帳づくり
  • 今の見積書の形に合わせたスプレッドシートと計算式の設計(内訳欄の整理を含む)
  • 単価表の整理と、見直す日・見積書の保存ルールづくり
  • 音声メモからたたき台を作るまでの手順(AIへの指示文)づくり
  • AIに入れてよい情報・入れない情報の社内ルールづくり
  • 若手への使い方の説明と、使い始めてからの調整

同じ工務店の現場では、ベテランの技術やノウハウの引き継ぎにもAIを使えます。

参考にした資料

  1. 国土交通省 不動産・建設経済局「改正建設業法『令和7年12月施行分』説明会」資料(2026年1月) https://roumuhi.mlit.go.jp/mlit-files/20260127_01.pdf ↩ ↩2

  2. 国土交通省 不動産・建設経済局建設業課「情報通信技術を活用した建設工事の適正な施工を確保するための基本的な指針(ICT指針)に関する事例集」事例No.2(2025年3月) https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/001851357.pdf ↩ ↩2

  3. 国土交通省 不動産・建設経済局建設業課「通常必要と認められる労務費を著しく下回るおそれのある取引事例集」(2026年1月) https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001976084.pdf ↩ ↩2 ↩3

  4. 国土交通省 不動産・建設経済局建設業課長ほか「建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律の全面施行について(通知)」(2025年12月10日) https://roumuhi.mlit.go.jp/mlit-files/20251226_26.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5