よくある現場の風景

午後9時半。夕食の片付けが終わり、仲居さんたちが上がったあと、女将が帳場のパソコンを開きます。予約サイトの管理画面には、まだ返信していない口コミが6件。Googleマップの口コミにも2件たまっています。

「露天風呂から見た紅葉がきれいでした」という口コミには、すぐにお礼を返したい。けれど、季節のあいさつを入れ、お泊まりのお部屋や料理にふれ、またのお越しを願う一文で結ぶと、このモデルケースでは1件に20分ほどかかります。「夕食の配膳が遅かった」という厳しい口コミには、どこまでおわびして何を伝えるか迷い、手が止まります。

そこへ英語のメールが2通、中国語のメールが1通。「チェックインは何時まで?」「駅からの送迎はある?」「子どもがえびのアレルギーです」。翻訳サイトに貼っては訳し、返事を書いてまた訳す。送迎の時刻を間違えていないか、何度も見直します。

返信を女将が書くのは、それが宿の顔だからです。でも清掃も配膳も人が足りず、女将が客室係に入る日もあります。観光庁の調査でも、宿泊施設では清掃・宿泊・料飲・調理・宴会の部門で人手を必要としているものの充足度は高くなく、時期に関係なく常に人手不足な施設も約2割あると報告されています1。

口コミは、次に泊まるお客さまも読んでいます。民間の情報サイト「訪日ラボ」の調査記事では、宿泊予約時に口コミを「参考にする」と回答した旅行者は約91%でした2。返したいのに返せない口コミが、毎晩少しずつ増えていきます。

AIを入れると、こう変わる

夜の帳場でやることが、「ゼロから書く」から「確かめて直す」に変わります。

予約サイトやGoogleマップの口コミを、名前を消してAIに貼り付けると、宿の言葉づかいで書いた返信の下書きが1〜2分で出てきます。女将は「紅葉の間のご夫婦ね」と思い出しながら、そのお客さまだけに向けた一言を足します。

厳しい口コミには、AIが「実際に起きたこと」と「お客さまの気持ち」を分けて整理し、おわびの文の候補を並べます。何を認め、どう改善するかは女将と支配人で決めます。

外国語のメールには、AIが日本語の要約をつけ、英語や中国語で返信の下書きを作り、その返信を日本語に訳し戻した文も添えます。女将は日本語で中身を確かめ、送迎や夕食の時間は宿の答え集と、料金や空室は予約台帳と照らします。

このモデルケースでは、1件20分ほどかかっていた返信が、確認と手直しの5〜10分ほどになると見込んでいます(返信の手本と宿の答え集がそろっている場合の目安)。

やってみると、こうなる

英語の口コミから、返信の下書きと日本語の訳し戻しを作る

入力は架空の例です。出力は、生成AIで実際に試した結果を短くしたものです(毎回少しずつ変わります)。

  1. AIに渡すもの

    予約サイトに届いた口コミ(英語)

    総合評価 3/5 2名で宿泊

    The outdoor bath was wonderful. We enjoyed the autumn leaves from the water. The staff were kind, and our room was very clean. But dinner was very slow. We waited about 40 minutes between courses, and nobody told us why. For this price, we expected better. A discount for repeat guests would bring us back!

  2. AIが返してくるもの

    AIの下書き口コミのまとめと、返信の下書き(英語・訳し戻しつき)

    【口コミのまとめ】 露天風呂から紅葉が見えたこと、スタッフの親切さ、部屋の清潔さはよかった。一方で夕食の進みが遅く、値段のわりに期待以下だったとのこと。リピーター向けの割引があればまた来たい、とも書かれています。 ・起きたこと:夕食で、料理と料理の間に約40分待った。理由の説明はなかった(口コミの記載による) ・お客さまの気持ち:待たされたうえに説明がなく、値段に見合わないと感じた 【返信の下書き(英語)】 Thank you very much for staying with us. We are delighted that you enjoyed the autumn leaves from our outdoor bath, and that you found our staff kind and your room clean. We are sorry to hear that dinner did not meet your expectations. [女将・支配人が記入] We hope to welcome you again in another season. 【日本語に訳し戻した文】 このたびはご宿泊いただき、誠にありがとうございました。露天風呂から紅葉をお楽しみいただけたこと、スタッフを親切に、お部屋を清潔に感じていただけたことを、大変うれしく思います。 夕食がご期待に沿えなかったと伺い、申し訳なく思います。[女将・支配人が記入] また別の季節にお迎えできることを願っております。

  3. 人が見て直すところ

    • [女将・支配人が記入]の部分は、その日の夕食の遅れを厨房と確かめ、何をおわびし、どう改善するかを女将と支配人で決めてから書く
    • 割引の要望にふれるかどうかは宿で決める(下書きには料金・割引のことを入れていない)
    • お部屋や交わした会話など、そのお客さまを思い出して、宿の人にしか書けない一言を足す

自分で試してみる

ChatGPT・Claude・Gemini などに、下の指示文と例をそのまま貼りつけてください。無料版でも試せます。お客さまの名前や住所など、本物の情報は入れずに、この例のまま試してください。

AIへの頼み方(指示文)を見る
あなたは温泉旅館の女将の、口コミへの返信を手伝うアシスタントです。
次の、予約サイトに届いた口コミを読んで、宿からの返信の下書きを作ってください。

条件:
・はじめに口コミの中身を日本語で短くまとめ、苦情があれば「起きたこと」と「お客さまの気持ち」に分けて書く
・返信は口コミと同じ言語で書き、そのあとに日本語に訳し戻した文をつける
・料金、割引、キャンセルや返金の決まりについては書かない。宿としての約束もしない
・苦情への返信は、お気持ちを受け止める一文だけにする。何を認めておわびし、どう改善するかは書かず、[女将・支配人が記入]と空けておく
・口コミにない部屋名・料理名・日付や、お客さまの名前は書かない

――――― ここから例 ―――――
総合評価 3/5 2名で宿泊
The outdoor bath was wonderful. We enjoyed the autumn leaves from the water.
The staff were kind, and our room was very clean.
But dinner was very slow. We waited about 40 minutes between courses,
and nobody told us why.
For this price, we expected better.
A discount for repeat guests would bring us back!

ここから先を、仕組みにする

試して手ごたえがあったら、毎日の仕事で回る形にします。ここが伴走でお手伝いする部分です。

  • 女将がこれまでに書いた返信20〜30件を手本として渡し、宿の言葉づかいで出す
  • 夕食の時間・送迎・アレルギーへの対応などを「宿の答え集」にまとめ、メールの返信にも使う
  • キャンセルや返金など間違えられない答えは、日本語で決めた定型文を訳して使う
  • 下書きは帳場の係が作り、女将は確認と最終判断をする形にする
この仕組みづくりを相談する →

仕組みを噛み砕くと

イメージとしては、女将が書いた返信を全部読んでいて、何か国語でも書ける新人の帳場係が、隣で下書きを書いてくれるようなものです。ただし、この新人は宿の決まりや今日の予約の中身を知りません。だから答え集にあることしか書かせず、送る前に必ず女将が目を通します。

部品 中身 誰が作る・使う
返信の手本 女将がこれまでに書いた口コミの返信やメール20〜30件。言葉づかいの見本 最初に伴走者が選んで整える
宿の答え集 チェックインと夕食の時間、送迎、大浴場の決まり、アレルギーへの対応、キャンセルの決まりなど 女将・支配人が確かめ、変わったら直す
AIへの頼み方(指示文) 「答え集にないことは書かない」「料金と空室は書かず『確認してご連絡します』とする」など 伴走者が作り、使いながら直す

使うときの流れは次のとおりです。

  1. 入力:口コミ、または問い合わせメールの本文(名前・電話番号・予約番号は消してから)
  2. AIがやること:内容の要約(外国語なら日本語で)、返信の下書き、外国語なら日本語への訳し戻し
  3. 人が確認すること:部屋・料理・日付・時刻などの事実、料金と空室(予約台帳やPMS=予約や部屋割りをまとめて管理するシステムで確かめる)、おわびの範囲、そのお客さまへの一言
  4. 出てくるもの:予約サイトの管理画面やGoogleビジネスプロフィール、メールに貼って送れる返信文

観光庁の統計では、2025年の外国人延べ宿泊者数は、国籍(出身地)別に中国、台湾、韓国、米国、香港の順で多く、地方部では前年比+19.1%と三大都市圏の+5.1%を上回りました3。ただし2026年8月は、全体で前年同月比-12.0%、地方部で-4.9%と前年を下回っています4。観光庁は、この前年比には調査の区分の見直しの影響が含まれている可能性があると注記しています4。

Googleマップの口コミ欄にあたるGoogleビジネスプロフィールでは、口コミへの返信は審査され、通常は10分以内、最長で30日ほどかかる場合もあると、Googleのヘルプに書かれています5。表示されないときは、管理画面で編集を求められていないか確かめます5。

公開されている取り組み

観光庁の資料に載っている旅館の例です。

  • 城崎温泉 但馬屋(兵庫県):客室12室・従業員数15人の旅館で、メール返信やインバウンド対応、口コミ返信、マニュアル作成などの文章作成業務が多かったため、生成AIで国内外のメールや口コミの返信文章を作り、情報の正確性を確認したうえで従業員が返信する体制にしたと紹介されています6。文章作成の工数が体感で1名分削減され、代表者の役割が「作成」から「確認・最終判断」に変わり、事務作業時間が体感で半減したと書かれています6。
  • しこつ湖 鶴雅別荘 碧の座(北海道):宿泊客の約4割がインバウンドで、夜間は英語で対応できる従業員が手薄になるため、12カ国語に対応できるAI翻訳ツールをすべての従業員が使えるようにしたと紹介されています6。コミュニケーションが円滑になり、対応にかかる時間が削減されたとしています6。
  • 寛ぎの諏訪の湯宿 萃sui-諏訪湖(長野県):客室数8室の宿です。これからIT活用に取り組む宿への助言として、Googleビジネスプロフィールの登録と運用の開始を勧め、無料で始められることを挙げています6。口コミの内容や返信も重視し、自然な形で投稿をお願いすることで信頼形成にもつなげていると述べています6。
  • お宿 欣喜湯(北海道):観光庁の令和6年度の実証事業で、生成AIが訪日客の国籍に応じて案内文を多言語に翻訳し、フロント案内での従業員の対応を補助する使い方が試されました7。報告書の表では、1件あたりの工数が生成AI活用前の5分、活用後の2分です7。一方で報告書は、事業全体のまとめとして、プロンプト(AIへの指示文)の出力結果には正確性や安定性に課題があるとしています7。

規模や条件は宿ごとに違うので、成果は参考としてご覧ください。

進め方の例(小さく始める)

ステップ1 返信の手本と宿の答え集をそろえる(1〜2週目)

会社にお願いするのは、これまでに書いた口コミの返信やメールの返事を20〜30件ほど集めていただくことと、1時間ほどの聞き取りです。伴走者は、宿の言葉づかいの特徴(季節のあいさつ、結びの言葉、お客さまの呼び方)を整理し、よく聞かれる質問への答えを「宿の答え集」にまとめます。

ステップ2 日本語の口コミ返信で試す(3〜4週目)

まずは、Googleマップと、いちばん予約の多い予約サイト(OTA=ネットで宿を探して予約できるサイト)の口コミだけで試します。女将がいつもどおり書いた返信とAIの下書きを並べて比べ、言葉づかいのずれや、使ってほしくない言い回しを指示文に足していきます。

ステップ3 外国語のメールに広げる(2ヶ月目)

英語から始め、慣れたら中国語・韓国語へ広げます。訳し戻しで中身を確かめる手順と、キャンセルや返金、アレルギーなど間違えられない答えの定型文を、ここで決めます。

ステップ4 帳場の係にも下書きを任せる(3ヶ月目以降)

下書きはフロントや帳場の係が作り、女将は確認と最終判断をする形に移ります。答え集には、新しく聞かれたことを月に1回ほど足します。

ここまでを、数百万円かけて予約システムを入れ替えるのではなく、いまの予約サイトの管理画面とメールのまま作ります。外国語の対応は外国語・インバウンドの悩み、口コミを含む発信全般は集客・情報発信の悩みのページもご覧ください。

気をつけたいこと・AIに任せないこと

  • お客さまの個人情報を入れません。 観光庁の手引きは、宿泊者名簿を備えて氏名・住所・連絡先等を管理する旅館業の施設は個人情報取扱事業者に該当し、生成AIに個人情報を含む入力をするときは、プライバシーポリシー等で定めた利用目的の範囲内かに留意する必要があるとしています8。個人情報保護委員会も、生成AIサービスに個人情報を含む入力をするときは、利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認するよう求めています9。名前・電話番号・予約番号は消してから入れ、名簿や旅券の情報は入れません。社内での決めごとはAIを使うときの注意点にまとめています。
  • 間違いがある前提で確かめます。 同じ手引きは、生成AIは偽・誤情報(ハルシネーション)を防ぎきれない可能性があるとして、結果を確認・改善する手法を確立することが大切だとしています8。料金、空室、送迎の時刻、料理の内容は、AIの文をうのみにせず、予約台帳と答え集で確かめます。
  • アレルギーの答えはAIに決めさせません。 対応できるかどうかは、料理長が献立を見て決めます。AIの下書きは「確認してご連絡します」で止めます。
  • 厳しい口コミの判断は人がします。 Googleのヘルプも、有用で前向きな返信をすることで、ユーザーの意見を尊重していることを示せるとしています5。何をおわびし、どう改善するかは宿が決め、AIには言い回しの候補を出させるだけにします。
  • 口コミを作らせません。 お客さまのふりをした口コミをAIに書かせるような使い方はしません。

個人情報の扱いなど、具体的な対応は所管の窓口や専門家にご確認ください。

伴走者がお手伝いすること

  • 過去の返信から「返信の手本」を選び、宿の言葉づかいを整理
  • よく聞かれる質問をまとめた「宿の答え集」づくり
  • 口コミ・メールの種類ごとの、AIへの頼み方(指示文)づくり
  • 外国語の返信を日本語で確かめる手順と、定型文の用意
  • AIに入れてよい情報・入れない情報の社内ルールづくり
  • フロントや帳場の係への使い方の説明と、使い始めてからの調整

旅館・ホテルでのほかの使い方は業種ページにまとめています。

参考にした資料

  1. 観光庁「宿泊業の人材確保・育成の状況に関する実態調査 概要」(調査期間 2025年2月) https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001891437.pdf ↩

  2. 訪日ラボ(運営:株式会社mov)「宿泊予約における口コミの影響力調査」(2025年8月22日) https://honichi.com/news/2025/08/22/202508_survey_hotel/ ↩

  3. 観光庁「宿泊旅行統計調査(2025年・年間値(確定値))」(2026年7月6日) https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/002026763.pdf ↩

  4. 観光庁「宿泊旅行統計調査(2026年9月・第1次速報、2026年8月・第2次速報)」(2026年10月30日) https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/002028947.pdf ↩ ↩2

  5. Google「Google ビジネス プロフィール ヘルプ(クチコミへの返信)」(2026年11月2日確認) https://support.google.com/business/answer/3474050?hl=ja ↩ ↩2 ↩3

  6. 観光庁「宿泊施設のためのIT活用事例集」(2026年3月) https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001995115.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6

  7. 観光庁「観光地・観光産業の生成AIの効果的な活用に向けて」(2025年3月) https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001889083.pdf ↩ ↩2 ↩3

  8. 観光庁「観光地・観光産業の生成AIの適切な活用に向けて」(2025年2月) https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001867105.pdf ↩ ↩2

  9. 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(2023年6月2日) https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230602_alert_generative_AI_service.pdf ↩