よくある現場の風景

午前10時。旋盤の前で、入社3年目の若手が首をかしげています。ステンレスの削りで、いつもの条件なのに面が荒れる。呼ばれた工場長(64歳)は、切粉の色と音を確かめ、回転と送りを少し変えて、黙って削り直します。「なんで今の条件にしたんですか」と聞くと、返ってくるのは「音だな。あとは材料のくせ」。

工場長は定年後の再雇用で残ってもらっていて、あと2年ほどで引退する予定です。社長は手順書を書いてほしいと何度か頼みましたが、「書くのは苦手」「忙しくてそれどころじゃない」で止まっています。作業標準書はあっても、書いてあるのは寸法と加工条件だけ。「なぜそうするか」「おかしいときに何を見るか」は、工場長の頭の中にしかありません。

若手のほうも、忙しそうな工場長には聞きにくい。分からないまま進めて不良を出し、そこで初めて教わる、のくり返しです。

2026年5月にまとまった国のものづくり白書の概要にも、技能継承の状況が数字で出ています。技能継承の推進のための取組として最も多いのは、従業員規模にかかわらず、再雇用や勤務延長などで高年齢の従業員に継続勤務をしてもらうことで、54.8%です1。製造業の人材育成の問題としては、6割以上の事業所が「指導する人材が不足している」を挙げています1。一方で、継承すべき技能の見える化(テキスト化・マニュアル化・デジタル化)を図っている割合は、全体で31.2%、従業員49人以下の企業では25.9%です(複数回答)2。

いちばん多い手は「ベテランに長く残ってもらう」ことで、技能を見える形に残すところまで進んでいる会社は少数派です。ただ、長く残ってもらうのは時間をかせぐ方法であって、技能が会社に残る方法ではありません。

AIを入れると、こう変わる

毎週金曜の午後、30分だけ工場長に時間をもらいます。聞き役は若手で、机にスマホを置いて録音します。質問は前もって用意しておきます。「この材料のとき、最初に何を見ますか」「条件を変えるのは、どんなときですか」「昔、失敗したことはありますか」。工場長は書かなくてよく、話すだけです。

録音をAIに渡すと、文字に起こしたうえで、作業ごとに「手順」「見るところ」「判断の分かれ目」「やってはいけないこと」に分けた手順書のたたき台ができます。翌週、工場長は印刷したたたき台に赤ペンを入れます。「ここは逆。先に面を見る」「これは言い過ぎ」。ゼロから書くのではなく直すだけなので、本人の負担はぐっと軽くなります。

このモデルケースでは、2〜3ヶ月続けると、「あの人しかできない」作業のうち2〜3種類について、写真つきの手順書がそろうのが目安です。

手順書がたまってきたら、それだけを読ませたAIを用意します。若手がスマホから「ステンレスで面が荒れたら、まず何を確認する?」と聞くと、AIは手順書の該当する箇所を示しながら答えます。それでも分からないときは工場長に聞きますが、質問が具体的になっているので、工場長が手を止める時間は短くて済みます。

やってみると、こうなる

ベテランの話を、手順書の下書きと若手向けのQ&Aにする

入力は架空の例です。出力は、生成AIで実際に試した結果を短くしたものです(毎回少しずつ変わります)。

  1. AIに渡すもの

    週1回の聞き取りをスマホで録音したもの(文字起こし)

    聞き役:ステンレスの削りで面が荒れたら、最初に何を見ますか。 工場長:まず切粉の色だな。青っぽく焼けてたら熱が出すぎてる。あとは音。キーキー鳴ってたら刃先がこすれてる。 工場長:そういうときは回転を少し落として、送りはちょっと上げる。ステンレスは削りが浅すぎると表面が硬くなって、余計に荒れる。 聞き役:条件を変えるのは、どんなときですか。 工場長:材料のロットが変わったとき。同じSUS304でも、メーカーで粘りが違う。だから最初の1本は、寸法と面を見てから流す。 工場長:段取りのときは、チップが欠けてないか必ず見る。欠けたまま回したら一発でだめになる。 工場長:昔、クーラントが減ってるのに気づかんで回して、まとめて不良を出したことがある。それからタンクは朝いちばんに見てる。

  2. AIが返してくるもの

    AIの下書き手順書の下書き(工場長の確認前)

    ■ 手順 1. 朝いちばんに、クーラントのタンクの量を見る 2. 段取りのときに、チップが欠けていないかを見る 3. 材料のロットが変わったら、最初の1本は寸法と面を見てから流す ■ 見るところ ・切粉の色:青っぽく焼けていたら、熱が出すぎている ・音:キーキー鳴っていたら、刃先がこすれている ■ 判断の分かれ目 ・面が荒れて、上のどちらかが出たとき:回転を少し落とし、送りを少し上げる(どのくらいかは工場長に確認) ・材料のロットが変わったとき:条件を見直す。同じSUS304でもメーカーで粘りが違う(見直し方は工場長に確認) ■ やってはいけないこと ・削りを浅くしすぎない(表面が硬くなり、余計に荒れる) ・チップが欠けたまま回さない ・クーラントの量を確かめずに回さない ■ 若手が聞きそうな質問 Q. 面が荒れたら、まず何を見ますか? A. 切粉の色と音です(「見るところ」に記載)。 Q. 回転は、どのくらい落とせばいいですか? A. 下書きには書かれていません。工場長に確認してください。

  3. 人が見て直すところ

    • 「少し落とす」「少し上げる」がどのくらいかを工場長に聞き、赤ペンで書き足す
    • 言い回しを整えたところで意味が変わっていないか、工場長本人が読んで直す
    • 最初の1本の寸法と面の合否の目安は、責任者が決めて書き足す(AIには決めさせない)
    • 確認が済むまでは若手に配らず、質問用のAIにも読ませない

自分で試してみる

ChatGPT・Claude・Gemini などに、下の指示文と例をそのまま貼りつけてください。無料版でも試せます。お客さまの名前や住所など、本物の情報は入れずに、この例のまま試してください。

AIへの頼み方(指示文)を見る
あなたは町工場の手順書づくりを手伝うアシスタントです。
次の「ベテランへの聞き取り(文字起こし)」から、若手向けの手順書の下書きを作ってください。

条件:
・「手順」「見るところ」「判断の分かれ目」「やってはいけないこと」の4つに分ける
・話に出てこない数値や条件は足さない。足りないところは「工場長に確認」と書く
・言い回しは短く整えてよいが、意味は変えない
・最後に、若手が聞きそうな質問を2つ挙げ、下書きのどこに書いてあるかを示して答える。書いていないことは答えず「工場長に確認」とする

――――― ここから例 ―――――
聞き役:ステンレスの削りで面が荒れたら、最初に何を見ますか。
工場長:まず切粉の色だな。青っぽく焼けてたら熱が出すぎてる。あとは音。キーキー鳴ってたら刃先がこすれてる。
工場長:そういうときは回転を少し落として、送りはちょっと上げる。ステンレスは削りが浅すぎると表面が硬くなって、余計に荒れる。
聞き役:条件を変えるのは、どんなときですか。
工場長:材料のロットが変わったとき。同じSUS304でも、メーカーで粘りが違う。だから最初の1本は、寸法と面を見てから流す。
工場長:段取りのときは、チップが欠けてないか必ず見る。欠けたまま回したら一発でだめになる。
工場長:昔、クーラントが減ってるのに気づかんで回して、まとめて不良を出したことがある。それからタンクは朝いちばんに見てる。

ここから先を、仕組みにする

試して手ごたえがあったら、毎日の仕事で回る形にします。ここが伴走でお手伝いする部分です。

  • 聞き取りの質問リストを用意し、週1回30分の聞き取りを続ける流れにする
  • 録音を渡すと、いつも同じ型で手順書のたたき台が出る指示文に整える
  • 確認済みの手順書だけを読ませた、若手向けの質問用AIを設定する
  • 図面や取引先名を入れないなど、AIに入れてよい情報の社内ルールを決める
この仕組みづくりを相談する →

仕組みを噛み砕くと

イメージとしては、ベテランの話を横で聞いてノートにまとめてくれる書記係と、そのノートを全部覚えていて「それなら何ページに書いてあるよ」と教えてくれる先輩が、セットで会社にいるようなものです。ただし、ノートの中身が正しいかを決めるのは、いつもベテラン本人です。

段階 やること 担当
1. 聞き取り 用意した質問にそって、ベテランが話す。手元の動きはスマホで動画に撮る 人(若手・社長が聞き役)
2. 整理 録音を文字にし、作業ごとに「手順・見るところ・判断の分かれ目・やってはいけないこと」の形にまとめる AI
3. 確認 間違い、抜け、言い過ぎを赤ペンで直す。安全や品質にかかわるところは特にていねいに ベテラン本人
4. 保存 確認済みの手順書を、写真・動画と一緒に共有フォルダに置く 事務・若手
5. 質問に答える 確認済みの手順書だけを読ませたAIが、若手の質問に、根拠の箇所を示して答える AI(最後の判断は人)

ポイントは2つあります。

1つ目は、動画と話を分けて考えることです。動画は手の動きを残すのに向いていますが、「なぜそうするのか」「いつもと違うときに何を見るのか」は映りません。判断の理由は、話してもらうほうが残しやすいのです。

2つ目は、AIに読ませるのは、ベテランが確認した手順書だけにすることです。社内の資料を読ませたAIは、読ませた資料をもとに答えます。確認前のたたき台や古い作業標準書が混ざると、間違った答えのもとになります。

聞き取りの質問は、たとえば次のようなものです。

  • 図面を受け取ったら、最初にどこを見ますか
  • この作業で、新人がいちばん失敗しやすいのはどこですか
  • いつもと違うと感じるのは、どんなとき(音・色・におい・手ごたえ)ですか
  • 迷ったときに、誰に何を確かめますか

公開されている取り組み

ここで紹介した「録音からAIで手順書を作り、AIに質問できるようにする」形そのものではありませんが、規模の近い会社の取り組みが公開されています。

愛知県の伴走型支援の資料では、従業員約40人のプラスチック金型メーカーが紹介されています3。各作業の手順書がなく、個人の知識・スキルに完全に依存していたといいます3。そこで、ベテラン作業者の動画と作業手順書を共有サーバーで自由に確認できるようにし、品質面ではベテラン作業者とそん色ない作業ができるようになったと書かれています3。

少し前の資料ですが、国の2024年版ものづくり白書の概要にも例があります。従業員39名の今野製作所(東京都足立区)は、溶接加工の教育訓練で熟練技能者の動作をモーションキャプチャで可視化し、若年技能者の技術力強化と社内の技能継承を実現したと紹介されています4。

AIを使った例では、電子情報技術産業協会(JEITA)の事例集に、従業員85人の岡田研磨(石川県)が載っています5。現場には「70点以上になるように手順書をブラッシュアップしてほしい」と伝え、手順書の評価はAIが行い、点数だけでなくその点数に至った根拠も示すそうです5。創業50年で100個あるかどうかだった手順書が、5カ月で240個まで増えたといいます5。同じ事例集には、同社でかかっている費用は主にAIの使用料のみで、同社によると30万円程度とも書かれています(期間や範囲の記載はありません)5。

従業員が数百人の会社の例では、樋口製作所(292人)が金型など機密性の高い製品を扱うため品質の情報を読ませるAIを自社の設備内で動かす方式にし、旭鉄工(410名)は1回で100点の回答が出ることはなく出てきた回答を修正する人の力が重要になると話していると、同じ事例集で紹介されています5。

進め方の例(小さく始める)

ステップ1 残す作業と人を決める(1〜2週目)

社長と伴走者で、「この人がいないと回らない」作業を書き出し、2〜3種類に絞ります。選ぶ目安は、受注が多い、不良が出ると痛い、引退が近い人が担っている、の3つです。あわせて、ベテラン本人に趣旨を伝えます。「書いてほしい」ではなく「あなたのやり方を会社に残したいので、話を聞かせてほしい」と頼むのがコツです。図面や取引先名をAIに入れない、といった入力のルールもここで決めます。

ステップ2 聞き取りとたたき台づくり(3〜6週目)

週1回30分の聞き取りを、1つの作業につき3〜4回行います。質問のリストは伴走者が用意し、聞き役は若手が務めます。録音からAIでたたき台を作り、ベテランが赤ペンで直す、をくり返します。

ステップ3 若手が使ってみる(2ヶ月目)

若手が手順書を見ながら実際に作業し、分からなかったところを書き足します。確認済みの手順書をAIに読ませ、若手が質問してみます。答えがずれていたら、AIの設定より先に、手順書の書き方を見直します。

ステップ4 続ける仕組みにする(3ヶ月目以降)

不良やトラブルが起きたら、その日のうちにベテランに5分話してもらい、手順書に足します。対象の作業も少しずつ増やします。手順書にベテランの名前を残す、よくできた手順書を朝礼で紹介するなど、残すことをベテランの仕事として認める工夫も効きます。

ここまでを、数百万円の専用システムを外注するのではなく、スマホと生成AIの法人向けプラン、今ある共有フォルダで組み立てます。ベテランが元気なうちに始めるほど、残せる量は増えます。

気をつけたいこと・AIに任せないこと

  • 図面や取引先の情報は、入れてよい範囲を先に決めます。 IPA(情報処理推進機構)の人材育成プログラムの受講生がまとめた手引書は、サムスン電子の社員が業務効率化のためにChatGPTを使い、半導体の機密ソースコードや経営層の会議内容を入力した例を取り上げています6。背景には、社内で生成AIの利用ルールが整備されていない状態で、社員が個人判断で使ったことがあると説明されています6。法人向けプランを使い、入力した内容が学習に使われない設定や契約かを各社の規約で確かめたうえで、図面番号や取引先名は記号に置き換えます。詳しくはAIを使うときの注意点をご覧ください。
  • AIの答えは、確認済みの手順書の範囲までです。 書いていないことを、もっともらしく答えることがあります。答えには根拠の箇所を示させ、手順書にないことは「ベテランに確認」と返すように設定します。
  • 品質や安全の判断は人が行います。 寸法の合否、検査の判定、機械の安全装置にかかわることは、これまでどおり責任者が決めます。
  • ベテランの言葉を、本人の確認なしに配りません。 AIが言い回しを整えたことで、意味が変わることがあります。
  • 手順書は古くなります。 機械や材料、取引先の要求が変わったら直す、と更新のきっかけを決めておきます。

伴走者がお手伝いすること

  • 残す作業の洗い出しと、ベテランへの頼み方の相談
  • 聞き取りの質問リストづくりと、最初の数回の聞き取りへの同席
  • 録音から手順書のたたき台を作る手順(AIへの指示文)と、手順書の型づくり
  • 確認済みの手順書だけを読ませた、若手向けの質問用AIの設定
  • AIに入れてよい情報・入れない情報の社内ルールづくり

手順書ができたら、外国人スタッフ向けにやさしい日本語や母国語に直すこともできます(外国人スタッフに伝わる手順書づくり)。製造業・町工場での使い方は業種ページにまとめています。

参考にした資料

  1. 厚生労働省「2026年版ものづくり白書(令和7年度 ものづくり基盤技術の振興施策)概要」(2026年5月) https://www.mhlw.go.jp/content/11801500/001704747.pdf ↩ ↩2

  2. 経済産業省・厚生労働省・文部科学省「2026年版ものづくり白書(令和7年度 ものづくり基盤技術の振興施策)概要」(衆議院ウェブサイト掲載、2026年5月。図の元の調査は労働政策研究・研修機構(JILPT)「ものづくり産業における人材確保・定着と技能継承に関する調査」2026年5月) https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/gian_hokoku/20260529monogaiyo.pdf/$File/20260529monogaiyo.pdf ↩

  3. 愛知県「伴走型支援取組状況(プラスチック金型製造・約40人・大府市)」 https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/504492.pdf ↩ ↩2 ↩3

  4. 厚生労働省 人材開発統括官「2024年版ものづくり白書(令和5年度 ものづくり基盤技術の振興施策)概要」(2024年5月) https://www.mhlw.go.jp/content/001258804.pdf ↩

  5. 一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)IT プラットフォーム事業委員会「IT ユーザトレンド調査(2025)AI 関連事例紹介」(2026年3月) https://home.jeita.or.jp/it/file/jirei0316.pdf ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5

  6. 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)産業サイバーセキュリティセンター「生成AIおよびAIエージェントを安全に活用するための手引書」(中核人材育成プログラム9期生のプロジェクト成果、2026年7月) https://www.ipa.go.jp/jinzai/ics/core_human_resource/final_project/2026/rcu1hd0000018kkn-att/rcu1hd0000019kwj.pdf ↩ ↩2